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zoom RSS オリンピックの想い出

<<   作成日時 : 2012/08/08 10:31   >>

驚いた ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

 8月7日は肺癌の摘出手術をして
5ヶ月が経過した記念すべき日
ゆるやかに心肺能力は戻っているが
傷口に突如痛みが走り、神経が繋がる
痛みだと言う人もいるが私は不安である。

 生活は就寝が早いので早朝4時には起床し
アスリートたちの夢舞台「ロンドン五輪」の
ライブ映像を楽しんでいる。

 次の五輪が見られるか?
こんな思いが脳裏をよぎる・・・
そんな弱い私だからか?
東京五輪の出来事が
脳裏にふと浮かんでくるのである。

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10万枚


 後ほど記すがスポーツ万能の?
私が最初に始めたスポーツは
小学校時代の水泳である。

 中学校にはプールが無いので
野球部に入ったが、水泳への憧れは
体の中に染み込んでいた。
 
 冬の泳げない時期は
足腰鍛錬の為陸上の中距離を走った。
 駅伝大会があると陸上部の助っ人として
借り出され、選手として走った。

 一度だけだが同郷選手が強いので
3区であったがトップでタスキを受け取り
パトカーの先導を受けながら2キロ程走った。
 
 後ろを振り向くと2位の選手が
猛烈に追い上げてきてこれでは抜かれる・・・。
と思ったが、伴走のコーチの忠告を守り
自分のペースを守りながら走った。

 コーチの指示は的確で次走者にタスキを
渡す時は2位の選手は見えなくなっていた、
これで役目を果たせたと助っ人としての役割
充実感にしたった思い出がある。

 そんな時期に東京オリンピックが
開催され、当時はさして理由は無かったが
オリンピック聖火リレーに参加したくなり、
陸連を通じて申し込んだのだが
残念な理由で、不採用となってしまった。


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5万枚


 ちなみに1964年東京大会の聖火は、同年8月21日に
オリンピアで採火され、アジア地域12カ国を経て
9月7日に沖縄へ到着。鹿児島、宮崎、千歳へ空輸され
9 月9,10日にスタート、日本全国を4コースに分かれて
リレー10月7〜9日に東京都庁に到着しました。
都知事室に安置された聖火は10月9日夜、
皇居二重橋前で行われた集火式で合火され、
翌朝の10月10日開会式当日、国立競技場へ
リレーし、聖火台に点火されました。

懐かしい画像は下記のサイトで
http://www.geocities.jp/okazu1945/tennouji/tennouji.htm

 聖火リレー役が没になると
私の五輪への憧れは募るばかり、
本番を見るためにチケット入手に
奔走した。
 夏の終わりごろと記憶しているが
ようやく一枚のチケット10月15日の
陸上競技2日目入場券が入手できた。

 当日は新幹線では間に合わないので
夜行列車で東京に向った。
 開門までには随分時間があるので
信濃町駅を下車してぶらぶらと
早朝の外苑公園を散歩しながら
国立霞ヶ丘陸上競技場に向った。


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 早朝6時頃の競技場方面へ向う道中
「○○町婦人会」のタスキをつけた、
着物と割烹着姿のご婦人3〜5人の
3組くらいと出会ったのだ。

 真新しい白の割烹着はまばゆく光り
道路のゴミ拾いする奉仕する姿は
私の目にすがすがしく飛び込んできた
約50年経った今でも鮮明に記憶に残り
蘇ってくる。

 S39年頃の日本の若妻は
着物をj常に着ていたのか?
タスキはなぜ掛けていたのか?
今では謎になってしまったが
朝露に光る芝と緑の葉の美しさ
それに対比する真っ白の割烹着!

 日本が近代国家に変わりつつある頃の
 もてなしの心と幕開けの美!

 このように私は位置づけている。

 東京五輪の私が捉えた実話!


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 小生の半世紀以上前の話である
都会ではともかく田舎の町では
学校にプールが無い!
夏の暑いときは川か池で
遊ぶのが常であった。

 幼少の頃良く泳いだのは
農業用ため池で高学年になると
水泳の鬼ごっこをやって遊んだ。

 鬼役に体にタッチをされると負けで
鬼にならないよう必死で泳いで
逃げる廻る遊びである。

 プールは無い
もちろんスポーツクラブも無い
こんな遊びが泳ぎのスピードアップに
つながったのか?
今になっては何で選抜されたのか?
まったく覚えていないが、
学校代表の選手として市内小学校大会に
選出されリレーのスターターに選ばれた。

 結果は決勝まで進み、
チームとして入賞こそ出来なかったが
トップでバトンを渡すことが出来た。


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 上画像は2010年8月の孫の雄姿!
第64回豊橋大会のリレーで優勝した姿
我が子2人ははスポーツで特筆するものは
無かったのですが孫がやってくれました。

 おまけに100bバタフライでは
大会新記録付きの優勝・・・。

 2位や3位の選手の肩まで位しか身長がなく
体の小さな子の羨望の的に!

 当時3回目の手術を受け
失意のどん底の私には
「自分の未来が開けた」 と
錯覚するくらい嬉しかった・・・。

 この子も中学校2年生となった今
体も記録も思うように伸びていない。
 でも私が全国大会で出した
19歳当時の自己ベスト記録は
すべて破られてしまった。

 時代は確実に一歩ずつ進み
 想い出は遠のいていくのが常である。


三河の猿

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